ぐだぐだなはなし

 仕事が終ると、事務所に来客あり。何人かで集まり、ワインなどあける。その人が「作業所ドットコム」という、色々な作業所の商品をネット上で紹介するウェブを立ち上げるという。同時に、ヘルパーの側の「顔つき」「コメント付き」紹介欄も作りたいという。前例はあるだろうが、面白い試みだ。等と考えつつ、アルコールが入り、会話はぐだぐだに。福祉の関係者はなぜ「売ること」「経営」「ネット」等に弱いか、またそれらをなぜどこか軽くみているか、としゃべる。税金を山ほど使ってるのに、善意だけでいられる、無垢でいられると錯覚的に思いたがるのは何故だ。例えば、ヘルパーがある障害当事者のサポートに入る時、ヘルパーはその当事者の情報をあれこれ事前に知らされる。障害がこうで、家族構成はこうで、何が好きで嫌いで、云々。コーディネーターも、あの人とこの人ならマッチングがうまくいくかな、と考える。なのに、当事者の側には、どんなヘルパーが来て、どんな人で、どんな趣味があるか、事前に知らされない。知りたくなければそれでも構わないが、事前に知る機会が与えられない。ヘルパーを選択する権利となればさらに難しい(もちろん、さんざんヘルパーをとっかえひっかえする人もいるけど)。何か、素朴に変な気がしていた。例えば事前に「ヘルパーカード」を作り、自己アピールする。また事務所のほかの人間が推薦コメントを書く。それを事前に並べて、選んでもらう。同じ映画が好きだ、から関係が始まるかもしれない。容姿でヘルパーを選ぶ人もいるかもしれない。微妙な問題ははらんでいるけど、どこまでが許される範囲で、どこまでが許されない範囲か。移動介護で買物をヘルパーにお願いする人で、買物そのものでなく、「デート」を望む人がいたとして、それはどこまでが許される範囲か。同姓介助が言われる。これまで、介助者が圧倒的に女性が多く、女性が男性当事者の入浴介助まで当り前にしていた、そのことへの反省はある(異性介助は「性的虐待」と言い切る人もいる)。しかし、当事者はどうか。前に、身体障害や知的障害の当事者の男女数名に、ある場で話しを聞いたら、「女性の当事者には女性の介助者」が必ずしも当事者の望みではないとわかった。ここにも、性をめぐって難しい問題は山ほどある。セクハラもあり(互いに)、事業所がからむ責任の問題もある(互いに)。でも、例えば男性介助者が女性当事者と二人で外出するとして、トイレの問題さえクリアできれば何とかなるし、それは現実的にクリアできるのだ。大きいデパートや介護用品売場では女性介助者が常時いるし、事前にアポを取ればクリアできる。そうだ、前々からの念願で、障害者どうし、また健常者も交えた(健全な)「出会い系」の場をセッティングするのが念願なのよ、とある人がいう。……とか、こんなウブな議論がまじめに交わされるほど、川崎市はわりとウブなんだろうか。とか、なんのまとまりもなく。