『妄想代理人』

 少し前だけれど、DVDのアニメ『妄想代理人』をぼーっと見ていた。全13話。


 「追いつめられた」人のところにどこからともなくあらわれ、通り魔的に暴力をふるう「少年バット」をめぐる物語。少年バットは集合無意識的な、都市伝説的な存在。
 物語というより、特に1、2話辺りに蔓延する、匿名的ないやな気分は、割とリアルに感じられ(まだ表現が弱い気はするけど)、例えば2話の少年が、勉強も運動もできて外見もよくて、近所やクラスの人気者だったのに、たまたま通り魔事件の犯人と外見が似ていたため、一日で、周りから陰湿に嫌われ苛められっ子になるのだけど、少年はそうなったことの「原因」を、ライバルの太った男の子が全て悪いんだと妄想的に決め付け、ひたすら内心で罵詈雑言を浴びせる。そのロジックが「自分の苦境はあいつの陰謀のせいだ」「俺のよさがわからない周りの連中は愚民だ」的な、彼自身を追いつめる周囲の悪意と同質的な暗い情念なのだ。
 物語の通奏低音をなす断片的な・匿名的な「気分」も、常に他人への漠然とした悪意に満ちていて、「誰かのせい」にしようとする。


 中心人物の鷺月子は、「マロミ」というキャラクター(たれぱんだに似ているが、より不気味で、かわいくない)をデザインしヒットさせたが、現在はスランプ中で、性格的に何を考えているかわからないところがあり、職場の同僚から「天然系」「不思議ちゃん」等と陰口をいわれ、毛嫌いされている。月子は、マロミの人形と(妄想的に)会話できる。マロミはいつも、「君は悪くない」「休んだら?」と、月子に癒しの言葉を与え続ける。マロミは典型的な癒し系キャラクターグッズなのだが、面白いのは、マロミの存在が少年バットと等しいとされることだ。少年バットは追いつめられた人が自ら呼び出すものであり、彼の暴力は、いわば自傷に等しい。「癒し」と「暴力(自傷)」は、無意識のレベルにおいては、よく似ている。事実、少年バットの被害者たちは、襲われたことでむしろ安心したような表情をしている。「純粋な被害者」を偽装できるからだ。逆に言えば、私的な日常世界に浸透するキャラクターグッズ的「癒し」は、現実的な不安や苦痛を覆い隠すだけではなく、或るレベルでは暴力=自傷に似ているとも取れる。『』はこう言い切るのだ、キャラなんかで本当に「癒される」人はいない。キャラクターとは、人の魂を傷つけつつ癒し、癒しつつ傷つけるだけなのだから。


 月子のトラウマは、幼い頃「飼い犬(マロミ)を不注意で死なせてしまった」というものだった、と最終話で明らかになる。っていうか、ばればれではあるし、素朴なオチでもあるんだけど。彼女の精神は、その「事実」を見たくないがために、癒しキャラのマロミ(あなたは悪くないよ!)と、暴力的な少年バット(追い詰められた本人を殴ることでむしろ「被害者」へすりかえる)を、同時に分娩する(実際月子がマロミを見失うのも、生理の痛みによってだった、そして彼女は常に「父親の影」を求めている)。マロミも少年バットも、一見対極的な存在でありながら、「現実」を見ることを回避させるという意味で、同じ存在なのだった。大切なのは、月子のトラウマがある意味でとても「ささいなもの」であること、つまり見ようとすれば見ることが出来るし、乗り越えようと思えば乗り越えられるはずのものだ(と、物語的に設定されている)ということだろう、と思った。でも、そんなささやかな傷を覆い隠すためには、連鎖的に人々を幻惑し、人々を傷つけるマロミ=少年バットが召還される。つまり、過剰な暴力とその連鎖が呼び込まれる。ぼくらの誰がこの構造と欺瞞を超えられているのだろうか?最後、少年バット=マロミは暴走し、東京中の人々をのみこんでしまい、街は廃墟と化すのだけれど、刑事はその光景をみて「戦後みたいだ」と呟く。どうもこの作品のもとネタは東浩紀動物化するポストモダン』だという気がするのだけど、ここには、廃墟のようなリアルを隠蔽する戦後のキャラ文化、という歴史観があるのかもしれない(現実界のリアルを隠蔽する戦後のキャラ文化、という歴史認識が正しいのかは、ぼくにはよくわからない)。しかし、この廃墟はすぐにスクラップ・アンド・ビルド的に再建され、別の癒し系キャラが流行し、人々は1話冒頭と何の変わりもなく、「あいつが悪いんだ」「自分は悪くない」と呟き続ける。ノスタルジックな「記号の街」を破砕した刑事は、「俺にはとっくに帰る場所なんてねえんだよ、帰る場所がないことが俺の現実だ」と言う。実際最後、刑事をやめた彼は、工事現場の警備員として一人佇み続ける。


 平沢進のオープニング、すごくいい。


 『攻殻機動隊』の時も思ったけど、テレビシリーズってやっぱり、だらだらした部分、物語的にはどうでもいい回やエピソードの積み重ねの中に骨格があるんだなあと。『攻殻機動隊』も、前に「笑い男篇」の総集編を見たけど、本編に比べて、あまり面白く思えなかった。